2025年 年間標語 年間標語「強く、雄々しくあれ」(ヨシュア1章1~9節)
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『家の教会と聖霊体験 』 牧師コーナー(788)
新約聖書において教会が設立されたとき、あらかじめ準備されたマニュアルがあったのではなく、聖霊の働きによって始まったことは、誰もが知っている事実です。ところが、一般的に聖霊について強調する人々の中には「聖霊の働き」を強調する人もいれば、「聖霊の現れ」に集中する人もいます。しかし、聖霊の現ればかりに集中してしまうと、それを体験しようとして人為的に操作してしまう危険性があります。私は「聖霊体験とは何か?」という根本的な問題について長い間悩んできました。そして、聖霊の働きと現れをどのように区別すべきかを模索しました。結論として、聖霊体験とは「どのような現れがあったか」ではなく、「どのような変化があったか」によって決まるものだと確信するに至りました。
聖霊体験の前後で、神様や隣人との関係に変化があれば、それが感覚的な体験であったかどうかにかかわらず、それを聖霊体験と考えるべきだと私は結論づけました。聖霊体験は、聖霊が私たちの霊に触れることを味わうものです。この霊的な触れ方が強ければ、魂の領域にある知性・感情・意志に影響を与えます。さらに強い場合は、私たちの肉体的な五感にも影響を及ぼすことがあります。しかし、聖霊の触れ方は霊的な次元で起こるため、必ずしも感覚として感じられるとは限りません。それでも、聖霊体験の後に神様を信じるようになったり、隣人を赦すことができたり、ギャンブルや喫煙などの悪い習慣が断ち切られるようになったとすれば、それは聖霊体験と言えるでしょう。
一方で、カリスマ的な聖霊集会で倒れたり、体が熱くなったりしても、神様や隣人との関係に全く変化がない場合もあります。聖霊体験の時間に電気ショックを受けたように体がしびれたと証しした人が、その後、教会を離れてしまうこともありました。このようなものは、真の聖霊体験とは言えないでしょう。
家の教会は、単なるマニュアルに基づいたシステムや私たちの力によるものではなく、最終的には「聖霊が強く働く祈り」によって成り立つものだと信じます。今は教会暦における四旬節の期間ですが、今年の受難週は4月13日から始まります。今年の受難週には、ダニエル断食祈祷を伴う「三つ撚り特別早天祈祷会」を通して、全信徒が聖霊体験できる集会にしたいと期待しています。各牧場ごとに祈りをもって備えてくださり、各家庭でも準備して参加できるようにお願いします。そして、聖霊の強い臨在を体験し、慰めと励ましを受ける特別な祈りの期間となることを願っております。
聖霊体験の前後で、神様や隣人との関係に変化があれば、それが感覚的な体験であったかどうかにかかわらず、それを聖霊体験と考えるべきだと私は結論づけました。聖霊体験は、聖霊が私たちの霊に触れることを味わうものです。この霊的な触れ方が強ければ、魂の領域にある知性・感情・意志に影響を与えます。さらに強い場合は、私たちの肉体的な五感にも影響を及ぼすことがあります。しかし、聖霊の触れ方は霊的な次元で起こるため、必ずしも感覚として感じられるとは限りません。それでも、聖霊体験の後に神様を信じるようになったり、隣人を赦すことができたり、ギャンブルや喫煙などの悪い習慣が断ち切られるようになったとすれば、それは聖霊体験と言えるでしょう。
一方で、カリスマ的な聖霊集会で倒れたり、体が熱くなったりしても、神様や隣人との関係に全く変化がない場合もあります。聖霊体験の時間に電気ショックを受けたように体がしびれたと証しした人が、その後、教会を離れてしまうこともありました。このようなものは、真の聖霊体験とは言えないでしょう。
家の教会は、単なるマニュアルに基づいたシステムや私たちの力によるものではなく、最終的には「聖霊が強く働く祈り」によって成り立つものだと信じます。今は教会暦における四旬節の期間ですが、今年の受難週は4月13日から始まります。今年の受難週には、ダニエル断食祈祷を伴う「三つ撚り特別早天祈祷会」を通して、全信徒が聖霊体験できる集会にしたいと期待しています。各牧場ごとに祈りをもって備えてくださり、各家庭でも準備して参加できるようにお願いします。そして、聖霊の強い臨在を体験し、慰めと励ましを受ける特別な祈りの期間となることを願っております。
趙 南洙師